Moment inequalities and their application

Moment inequalities and their application
A Pakes, J Porter, K Ho, J Ishii - Unpublished Manuscript, 2006

このペーパーはSingle Agentの意思決定問題やゲームの構造推定を、かなりゆるい仮定の下でImplementする方法を提示している。
その仮定の緩さから、Point Identifiedではなく、モーメント不等式を使ったSet Identificationになる。

この論文では、

  • チョイスセットは離散でも連続でもよい
  • 誤差項にパラメトリックな仮定を置かなくてもよい
  • 意思決定者がどんな情報集合を持ってるかについて仮定を置かなくていい
  • 内生的な外生変数があってもよい

という、ほとんど理想的な状況を扱える。もちろん、タダではなく、いくつかの仮定を満たす必要がある。(後述するが、この論文のフレームワークが使える問題のクラスがどれぐらい大きいかはよくわからない。)

この論文の特徴は、「モデルのPrimitiveに仮定をできるだけ置かないで推定する方法を提示する」というものなのだが、そのため、いたるところで定義する変数やら関数がほとんど解釈不能になっている。

実際にアプリケーションで使った人の感想と僕の読んだ感想を総合すると、「自分でモデルを書くときには、適当にこのフレームワークに乗るようにPrimitiveに仮定を置いてモデルを書く!」というのが正しい使い方のようだ。

アイディア

基本的なアイディアは、

  1. 均衡ではNo profitable deviationという性質が成り立っている
  2. 均衡でのPayoffと適当な逸脱からのPayoffの差をとると、各意思決定者の情報集合で条件付けた期待値の意味では≧0である
  3. 「合理的期待」な世界では、実際に実現する期待値と各意思決定者の情報集合で条件付けた期待値は同じなので、実際に実現する期待値の意味でも上の差は≧0である
  4. 上の条件をモーメントコンディションにして、サンプル平均で置き換えて推定

というシンプルなものだ。
彼らいわく
Generalized instrumental variables estimation of nonlinear rational expectations models
LP Hansen, KJ Singleton - Econometrica
の自然な拡張になっているらしい。まぁ、そうかもね。

セッティング

  • Players : i=1,...,n
  • Information Set : \mathcal{J}_i \in \mathcal{I}_i
  • Set of Possible Decisions : \mathcal{D}_i
  • Strategy : s_i: \mathcal{I}_i \rightarrow \mathcal{D}_i
  • Observed Decision : \mathbf{d}_i=s_i(\mathcal{J}_i)
  • Payoff : \pi: \mathcal{D} \times \mathbf{Y} \rightarrow \mathcal{R}
  • Expectation Operator : \mathcal{E}
  • Additional Set of Variables : y\in \mathbf{Y} where \mathbf{y}: \mathcal{D} \times \mathcal{Z} \rightarrow \mathbf{Y}

基本的には不可解なのはyだけだろう。yは誤差項的な役割を果たすわけなのだが、それが果たして何なのか、Zってなんなのか、などといった解釈は不能。他のアプリケーションをみて、「あぁ、YとかZってこれのことね!」と理解するしかない。まぁ、誤差項的なものだと思ってもらえればいいと思う。

仮定1と仮定2

まず、もっとも緩いかつAcceptableな仮定を二つ挙げる。

  • Assumption 1 (Nash Condition)

If s_i is the strategy played by agent i , then
 \sup _{d\in \mathcal{D}_i} \mathcal{E} \big( \pi(d, \mathbf{d}_{-i}, y_i) | \mathcal{J}_i, \mathbf{d}_i=d\big) \leq \mathcal{E} \big( \pi ( \mathbf{d}_i, \mathbf{d}_{-i}, y_i) | \mathcal{J}_i, \mathbf{d}_i=s_i(\mathcal{J}_i)\big)
for i=1,...,n

まぁ、そうだろう。
ポイントは、

  • 複数均衡とか関係ない
  • 均衡選択とか関係ない

ってあたりだろうか。

  • Assumption 2 (Counterfactual Condition)}

The distribution of (\mathbf{d}_{-i},z_i) conditional on \mathcal{J}_i and \mathbf{d}_i=d does not depend on d.

これも、まぁ、そうだろう。
基本的に逸脱しても損っていう条件からモーメントコンディションを作るので、逸脱したときにどんなPayoffが待ってるか計算する必要がある。
仮定2では、各プレイヤーの逸脱はUnexpectedであるという風に解釈することができる。
同時手番ゲームだとかなりJustifiableだし、動学ゲームであったとしても、大事なのは「自分が逸脱したらみんながどんな行動をとるか分かっている」という点なので、適当に別の仮定を置けば問題ない。

Ideal Moment Condition

ここまでのセッティングと、基本的なアイディアを組み合わせれば何をすべきかは自ずと明らかですが、まず、以下の差分を定義する。
  \Delta \pi (d,d',d_{-i},z_i)=\pi (d,d_{-i},y(d,d_{-i}, z_i)) - \pi (d',d_{-i},y(d',d_{-i}, z_i))
Then, for any d' \in \mathcal{D}_i,
 \mathcal{E}\big( \Delta \pi (s_i(\mathcal{J}_i),d',\mathbf{d}_{-i},z_i) |\mathcal{J}_i \big)   \geq 0.
というわけで、ここでモーメント不等式が出てきたので、あとはこれをサンプル平均で置き換えて推定すればよし。
めでたし、めでたし。

ということで、この論文の基本はここまでに尽きます。実際、上のモーメント不等式が使えるようにモデルを書いて、それを使って推定しましょう。


しかし、実際には一般に上の不等式はInfeasibleです。なぜなら、通常観察者はπを完全には観察できないからです。
やめときゃいいのに、そこを一般化しようとしたためこのペーパーは訳分からないことになります。

仮定3

まず、観察者はπの近似としてrというKnown Functionを計算できるとします。また、YやZは観察できないですが(前述しましたが、Yには誤差項も含まれるので)、Z_0を観察できるとします。
Δπの時と同じようにΔrを以下のように定義します。
\Delta r(\cdot ) : \mathcal{D}_i\times \mathcal{D}\times Z^0 \times \Theta \rightarrow \mathcal{R}
これは観察者にも完全に分かっているので、Δrを使って上のような不等式を作ることができると嬉しいわけです。そのために、いくつか変数を定義します。

 \nu _{2,i,d,d'} = \mathcal{E}\big( \Delta \pi (d,d',\mathbf{d}_{-i},z_i) |\mathcal{J}_i\big) - \mathcal{E}\big( \Delta r (d,d',\mathbf{d}_{-i},z^0_i, \theta_0) |\mathcal{J}_i\big)
 \nu _{1,i,d,d'}=\Delta \pi (d,d',\mathbf{d}_{-i},z_i)-\Delta r (d,d',\mathbf{d}_{-i},z^0_i, \theta_0)-\nu _{2,i,d,d'}

これらがなんなのかは解釈が不能です。モデルのPrimitiveが存在しない世界なので、解釈はあきらめましょう。
大事なのは以下の性質です。

  •  \mathcal{E}\big( \nu _{1,i,d,d'} |\mathcal{J}_i, s_i(\mathcal{J}_i)=d\big) =0
  •  \mathcal{E}\big( \nu _{2,i,d,d'} |\mathcal{J}_i, s_i(\mathcal{J}_i)=d\big)\not=0 in general

あと、わりといいのは、このフレームワークでの推定では、

  • need NOT to specify whether  (z_{-i},\nu_{2,-i}) is in  \mathcal{J}_i !

っていうことでしょうか。

これらを定義したうえで、いよいよ解釈不能な仮定3がきます。

  • Assumption 3

Let h be a function which maps x_i into a nonnegative Euclidean orthant. Assume that for an x_i that is both in \mathcal{J}_i and is observed by the econometrician, and a nonnegative weight function \chi ^i _{ d_i, \mathcal{J}_i } : \mathcal{D}_i \rightarrow  \mathcal{R}^+ whose value can depend on the realization of \mathbf{d}_i (and the information set \mathcal{J}_i)
 \mathcal{E} \big( \sum_{i=1}^n \sum_{d' \in \mathcal{D}_i} \chi ^i _{\mathbf{d}_i, \mathcal{J}_i}(d') \nu _{2,i,\mathbf{d}_i,d'} h(x_i) | \mathbf{d}_i = s_i(\mathcal{J}_i) \big) \leq 0
where  \nu _{2,i,\mathbf{d}_i,d'} \sum _{d \in \mathcal{D}_i}\mathbf{1}\{\mathbf{d}_i =d \}\nu _{2,i,d,d'} .


まぁ、要するに天からhとχが降ってきて、それがこの仮定を満たすと嬉しいってことです。hが普通のモデルで言う操作変数的な役割を果たし、χは各Observationにどれだけ重みを置くかを決定するようです。

繰り返しますが、自分でモデルを書くときは、仮定3を満たすようなhとχは・・・なんて考えないで、
 \mathcal{E}\big( \nu _{2,i,d,d'} |\mathcal{J}_i, s_i(\mathcal{J}_i)=d\big)=0
か、似たような仮定3がTrivialに成立するようにモデルのPrimitive(誤差項とか)に仮定を置きましょう。本末転倒ですけど。
Hoのペーパーとかではそうしてます。

Feasible Moment Inequality

とにかく、仮定3を所与とすれば、
 \mathcal{E} \big( \sum_{i=1}^n \sum_{d' \in \mathcal{D}_i} \chi ^i _{\mathbf{d}_i, \mathcal{J}_i}(d')  \Delta r (d,d',\mathbf{d}_{-i},z^0_i, \theta_0 )  h(x_i) | \mathbf{d}_i = s_i(\mathcal{J}_i) \big)
は、以下の参考の和として表せるのですが、仮定1から3までを使うと、不等式を得ることができます。

  •  \mathcal{E} \big( \sum_{i=1}^n \sum_{d' \in \mathcal{D}_i} \chi ^i _{\mathbf{d}_i, \mathcal{J}_i}(d') \Delta \pi (d,d',\mathbf{d}_{-i},z_i) h(x_i) | \mathbf{d}_i = s_i(\mathcal{J}_i) \big)
  •   -\mathcal{E} \big( \sum_{i=1}^n \sum_{d' \in \mathcal{D}_i} \chi ^i _{\mathbf{d}_i, \mathcal{J}_i}(d') \nu _{1,i,\mathbf{d}_i,d'} h(x_i) | \mathbf{d}_i = s_i(\mathcal{J}_i)\big)
  •  -\mathcal{E} \big( \sum_{i=1}^n \sum_{d' \in \mathcal{D}_i} \chi ^i _{\mathbf{d}_i, \mathcal{J}_i}(d') \nu _{2,i,\mathbf{d}_i,d'} h(x_i) | \mathbf{d}_i = s_i(\mathcal{J}_i) \big)

上の三項は0か≧0なので、
 \mathcal{E} \big( &\sum_{i=1}^n \sum_{d' \in \mathcal{D}_i} \chi ^i _{\mathbf{d}_i, \mathcal{J}_i}(d')  \Delta r (d,d',\mathbf{d}_{-i},z^0_i, \theta_0 )  h(x_i) | \mathbf{d}_i = s_i(\mathcal{J}_i) \big) \geq 0
合理的に期待が形成されるゲーム理論の均衡的な世界では、情報集合でコンディションする代わりにリアライゼーションをぶち込んで、
 \mathcal{E} \big( \sum_{i=1}^n \sum_{d' \in \mathcal{D}_i} \chi ^i _{s_i(\mathcal{J}_i), \mathcal{J}_i}(d')  \Delta r (s_i(\mathcal{J}_i),d',\mathbf{d}_{-i},z^0_i, \theta_0 )  h(x_i) \big) \geq 0
をモーメント不等式として推定します。

Estimation

この論文では推定方法・信頼区間の計算方法も提示していますが、彼らがWPであったうちに、Subsamplingや適切な方法でのBootstrap、Generalized Moment Selection Methodなどもっと良い方法が提示されているので、この論文の推定の部分を読む必要はないです。

問題点

実はこれが使える問題のクラスは小さいと思います。
たとえば、

  1. プロビットモデル
  2. Tamer(2003)などの簡単なエントリーゲーム

などでは使えないと思います。仮定3が強すぎるからです。
彼らもそれは認識していて、仮定3のような十分条件ではなく必要条件はなんなのかよくわからないと書いています。
うまい条件が見つかったら論文になるんじゃないかと思うので、興味がある人は探してみてもいいと思います。